【双蘭/そうらん】の由来について
更新日:2022年9月9日

算命学と縁深い『老子』の句に
こんな一節があります
”道は一を生じ、一は二を生じ、三は万物を生ず 万物は陰を負い陽を抱き、冲気持って和を為す”
(無という道は有という一を生みだし、
一は天地という二を生みだし、二は陰陽の気が加わって三を生みだし、三は万物を生み出す。万物は陰の気と陽の気を内に抱き持ち、それらの気を交流させることによって調和を保っている)
−老子−
第四十二章
わたしの算命学名である
〈双蘭〉の名はこの老子の
一と二を表す陰と陽
から引用しています
そして陰陽の
「一」と「ニ」が揃うと
万物を生み出すことになります
この宇宙というのは
常に相対的であり
光があれば影がある
天があれば地がある
目に見えることがあれば
見えないものがある
男がいれば女がいる
美しいものがある一方でまた
醜いという存在があるのが
この宇宙のバランスです
美しいと思えるその心は
決して美しいものばかりではない
醜さを知ってもなお
世の中の美しさを見つめていくんだ
という意志の表れであり
美に対して真逆の
醜の存在により
美しいということ自体に
価値が与えられていて
どちらも共に同次元の
対極の在り方という違いであり
共にその価値が与えられている
互いに補完的な宇宙の完璧なバランスに
成り立っていることを
わたしたちに教えてくれています
ならば美しく生きるもよし
真逆の生き方を選ぶもよし(醜)
それはわたしたちの自由意志に
委ねられています
言っていることとやっていることの
「言行一致/ げんこういっち」
知っていることをきちんと実践する
「知行合一/ちぎょうごういつ」
左右対称で美しく実践する蘭
という気高い花の在り方に
わたし自身の想いを重ね
目に見えることと
目に見えない内面の
双方の美を共に追求する
志を込めさせて頂きました
その意思がそっと誰かの
陰ながらのお役に立てますように
心を込めて努めさせて頂く
志でおります
双蘭