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徒然なるままに
雲龍風虎

​うんりょうふうこ

​双蘭算命学オフィシャルブログ

『雲龍風虎この世は似たもの同士が互いに惹きつけ合うもの。いつかの「想い」が誰かのためとなるように

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  • 執筆者の写真双蘭

苦難の「代償」と「恩恵」

更新日:2022年9月9日



心の神を動かさなければ、天意を知ることはできない

わたしたちは人生において、常に起こった出来事の現象が暗示する意味を考え、その出来事が自分の人生に新たにもたらす価値を自らの手で導き出す必要があり





その価値を手にいれるとは、自分の精神性が向上する、つまり視座の高い思考を手に入れると言う、何物にも替えがたい天のご褒美がもたらされることになります。





前回のblog記事にて、例題に出した詐欺に遭うと言うお題は、正に年の天中殺中にわたしが経験したものですが、その経験の甲斐もあり、算命学を世の中の必要な方のために己の責務を全うする覚悟を決めた、今日(こんにち)のわたしの根源的活動理由になっています





当初はなぜこんなことになったのか?なぜこんな目に遭わなければならないのか?何をどこで間違ったのか?物凄く苦しんだのですが





考えあぐねいた先に、天中殺にこの様な経験をする意味と必要が解った時、ここからが人生本番だと、起こった出来事の価値を読み解く経験をした先に、別次元の道が開かれるに至ったからです。




そう言う経験の後に、物事(人生)を見透す自分の視座がとてつもなく爆発的に飛躍し、ある種領域突破と言うか「領域展開」した経験があるので、




どんなに辛い出来事だとしても、そこから學び活かす人は、必ず道が拓けていくものだと経験上(理論もこれに同じ)会得したことは、今となってみては自分の中の大切な宝物になっています。





昔の古代東洋人は、空を何となく見上げていた人が、一つの流れ星を目にし、その人は心の中で何か不吉なものを感じ、不穏な思いに心が囚われ




数日して自分の親しい人が他界したとすれば、あの時の流れ星が今日という日の不幸を「神が知らせていた」のではないだろうかと考えたため




これが古代東洋人が自然の中に「神」を見出し、その法則性を探し出そうとする探究へと突き動かした原動力となりました。





自分を超えた大いなる存在を「自然」の中に見出し、目に映るすべてを「神の窓口」として捉え、それはそのまま自分の中にも同様に神が存在することを意味し





「大宇宙の神」と「人間の心の中の神」を結びつけるのが「自然界」であると考え、それは人間自身が自分の心の中の神を動かさなければ、窓口である自然界が何かを知らしめてたとしても、それを受け取ることができないと考えました




つまり神(宇宙)の状態を知るには、人間自身の心も神の状態に近づけておかなければ、自然現象の中から「神の意志」を受け取ることができないと考えたところに、東洋思想と運命学の起源がここにあります





ただ今、【算命学LIVE講座】も3ヶ月目に突入したと言うことで、その一部をblogにも綴ってみました




算命学は學んでも、教える境地に至らせて戴いても尚終わりのない探究の道であります。





この天中殺に詐欺に遭った詳細は『秘伝書:天中殺事典100選』購入の方限定の、実体験検証秘話とさせて頂きます。(只今、常時連載中)その他にもオンラインサロンでは深掘りコラムや動画コンテンツなど公開しています。





双蘭

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